患者さんの自立を考える

   医療の世界でもよく使われる「自立」の言葉には、誰かのお世話にならずとも、「必要なことが一人でできる」、といったことに使われる。在宅であろうが入院であろうが、一人ひとりが心得、自立心としてそうあろうとすることが大切である。だが問題は、自立を求められる者が、自分の弱みを利用して他人に依存することである。また、それを指摘せんがために他人の「自立」を唱え、声高に叫ぶことだろう。

   困ったことがあっても、その人が世間で言う大人であるなら責任はとれる存在のはず。行きすぎなら注意すればいい。かりに患者さんであっても同じである。

   しかし、最も大人らしいやり方は、常日頃からつながりを四方に巡らすこと。相談や会話の相手を多く持つことである。人間ひとりでは生きていけない。哲学者の鷲田清一さんは、相互依存と互助関係の網の目にいるよう努力することが自立であり、「助けて〜!」と本当に困ったときに役に立つと述べられている。人に頼らず甘えず、相互の関わりを肯定して生きるのが自立であり主体的、ゆえに自由であるともいえるのではないか。

   また、亀田総合病院の副院長・小松秀樹さんは、医療ガバナンス学会のメルマガで、「病床六尺」を数年間生きた正岡子規を紹介している。寝返りもままならない毎日であっても多くの知人や家族との交わり、俳句だけでない多彩な「居場所」を活用したという。生きることに意味があれば、支援やケアに拘りをもつことはない。欧米と違って日本人は、つながりと絆を確かめながら生きてきた。その輪のイメージを鮮明にしていること、そのような生き方に本当の自立がある。他者の「自立」や「主体性」のなさをことさらに責めることほど品のないことはないと。

  



広告にされそうな病院のホームページ

   このように情報爆発の時代において、何を広告と考えるか、なかなか難しいものがある。広告が機能しないという反面、広告のスタイルをとらなくても、広告としての一役買うということもある。現在の医療広告規制は、情報に認知性、特定性、誘因性が三つそろうと「広告」と見なして規制の対象とする。認知・特定は比較的計測可能であるが、誘因性は見方や主観によって違ってくる。  

   例えばかわいいモデル嬢のウインクは誘因のためにきまっているが、それを説明する言葉がなければ、誘因でないという変な理屈になっている。歩く広告塔としてあちこちの催しに呼ばれ、講演をしている理事長は、もちろん広告ではないが、病院グループとしての理念や事業について広報してくれている。円形で6階建ての病棟は、交通量の多い交差点の角にあり、往来するクルマや通行する人々の目印のようになっているが、そこに取り付けたネオン入り院名サインは、病院の知名度向上に役立っている。年に2回開く地域連携の研修会は、地元のマスコミが記事に取り上げてくれるので、地域医療への関心が高くなった。これらは広告効果と考えることもできる。

   「意図しないのに情報が生かされた」ケースは、「いい印象」をよく伝え、記憶にも残る。

   ホームページは本来、通りには面していないため、必要に応じた客引きはあっても不特定多数への誘因行為ではないから広告ではない。しかし、結果的に多数が情報を得るということから、気が変わって広告視されそうな病院のホームページ。多くが欲しがる情報は、国民に知らせるべき情報ではないのだろうか。



「目的・プロセス・成果」に見る事例

   病院広報の理解の要点は、「伝える」「聴く」「変わる」にある。広告のように「伝える」ことを目的とするのではなく、広報は、対話をめざして社会の要望を「聴く」ことを重視する。その結果、双方の利益のために「変わる」あるいは「変える」ことによって「信頼」や「絆」を深めようと考える。実は個人レベルでは、大切な関係先に対してごく当たり前にやっている“処世術”だということもできる。

   今年、病院広報の私たちのHISフォーラムは、11月2〜3日に長野市で開催することが決まっている。広報誌の出来映えだけではなく、さまざまな広報活動をふくめた実績発表の中からBHI賞を選考することになる。

   広報誌、ホームページ、イベント、各種調査活動・・・いずれも医療施設の広報活動として審査し、その「目的」、「プロセス」、「成果」という共通の視点から評価しようとするもの。

   目的は、組織の課題や問題解決を意図し、また役立てたかどうか、「プロセス」は、実際の活動、広報誌であれば、企画編集の手順やスケジュール、関わった人材などの特筆を、「成果」では、定量的な結果だけでなく、連携先や利用者の声など定性的に有効であったという実績を評価する。審査は、予選にあたる第1審査と、フォーラムのフロアから各賞を選考する第2審査からなる。

   広報誌の出来映え、デザインの質評価については、事例として申込があった応募にかぎり事務局により委嘱した専門審査員により「BHIデザイン賞」を別途選考することになっている。

   「はとはあと」評価に参加いただいた施設の方はご承知のように、広報とはただ広報誌などのメディアを利用しながら、社会との対話を通じてよりよい関係を創造するより複合的な活動である。

   なんといっても医療は情報が重要であるだけでなく、その情報活動は「健全でなければならない」ということがある。いわば病院広報は、健全で明快であろうとする医療組織が本来もっている“免疫性”を高め、医療の質の向上と価値共有のための意識のアップスパイラルであり、それを軸とした医療や福祉経営にこそ必要な活動である。

   主催者も応募者も、これらの一連の企画実施には多くの資金とエネルギーを必要とする。会員の皆さま、またそれぞれの関係先の皆さまの参加はもっとも有益なエネルギーである。全国の医療施設からもちよった最新の広報事例に熱いエールを送りたい。



いま、人間世界は大きく変わっていく

   あれからもう1年という日がそこに迫っている。マスコミも振り返りや原発のなりゆき報道に余念がないことだろう。同じ日本人として悲しみと悔しさの事実に目を向けなければならないが、正確な情報もないNPO法人がマスメディアと同じことをやる必要もない。そこで多少なりとも元気になれる格言を訊ね、こんなとき賢者はどう思慮したのか、身の回りの文献を当たってみることにした。収穫は2つ。

   アメリカの心理学者であるハーバード・オットーは、「人は危険をものともせず、自分の人生を実験台にするのを厭わないとき、その人は変化し成長する」という言葉がネットに紹介されていた。今度の震災で、このような人は多いのではないだろうか。大阪の女性医師は、大病院での内科勤務にもの足らず、開業を決めていたのに関わらず、医師の足りない大槌町の病院に移り、東北弁と闘いながらもほんとうに「患者が喜ぶ医療」をめざして取り組みはじめた(テレビ報道)。

   次に目に飛び込んできたThe riskiest thing to take no risks.(最も危険なことは、リスクを負わないこと)には、正直ゾクッとした。これは先ごろアメリカで株式上場を果たしたFacebookの代表者ザッカーバーグが、株公開(IPO)のためにアメリカ証券取引委員会(SEC)への上申書に添えた手紙の中にある。手紙としては長文であるが、興味ある方は貼り付け元にアクセスされるとよい。http://techse7en.com/archives/3824847.html

   Facebook上場の狙いは、「お金儲けのためにサービスを作っているのではなく、より良いサービスを作るためにお金を稼いで、よりオープンな社会を創ること」にあるという。

   それもまず、目の前の2人のつながりをよくするのにアイデアが必要というのが原点であるとしている。そのためには利益が必要だ。いわゆるソーシャル・バリューの構築である。

   より質の高い医療の実現を叫ぶなら、それに見合うリスクを誰がとるのか、真剣に考えねばならない。リスクとの闘いなしでは何者も退化の危険があることを示唆しているのだ。この1年の間、震災と原子力で揺れているうちに、人間世界は大きく変わっていく。



安心・納得につながる広報を

   医療サービスは、社会から何を求められているのでしょう。もう鬱陶しいことをここに記す必要はありません。HISつまり医療現場にとっても、職員にとっても、まず利用者その人を基本に据え、利用者の利益を大切にすることが第一です。

   他業種のサービスはともかく、医療における接遇スキルとは、利用者の安心を持続させることであって、美しい態度や言葉に終始することではないはずです。より切実な課題に傾聴し、スキルの空回りに注意していく必要があります。

   同じことが、広報にもいえます。医療における広報スキルとは、利用者の安心・納得を持続させることであって、美しい編集や企画を展開することではなく、そこに利用者の思いを汲み取った切実な企画がほしいわけです。

   松下幸之助さんは、ある日、社員に向かってこう言ったことがあります。「お客を喜ばすことは、決してしてはいけないよ。常にお客のタメになることを考えていなさい」と。医療も商売においても、信用、信頼関係は、表面上の言葉やスキルではなく、そんな「顧客の役に立ちたい」という使命に裏打ちされる思いではないでしょうか。



期待される病院広報のチカラ

   人が成長するとき、何かの弾みでひらめきが起こる。いままで考えつかなかったことが、急に理解でき、ものの判断や行動が大きく変わることがある。このことを一般に「気づき」というが、スポーツのプレイにも体得があり、繰り返し練習するうちに、身体が反応するようになる。いずれも、「できない・分からない」から、「乗り越えたい」「実現したい」という強い欲求を通して行き着く境地である。このような積み重ねが束となって、他人をして成長したと言わせる。それはまた、個人ばかりでなく、目的をもった多くの組織にも当てはまる。組織にも日々の繰り返しの中に「気づき」があって初めて、社会とのコミュニケーションがより良質のものとなる。

   しかし、それらの気づきが鈍化したり停止したりする「老化」も起こりうる。Going Concern(永遠の継続と成長)を前提とする組織にとっては困ったことになる。組織の老化を防ぐには、常に社会の動向に耳を傾け、組織内に新しい情報を強制的に取り込んで、行く手に新しい境地を切り拓く感性を育成することが、なによりも求められる。

   病院広報の使命は、まさしくその点にある。窓を開けて新鮮な空気を取り込むこと、つまり対話やコミュニケーションによる「気づき」と「やる気」を育む環境づくりである。

   広報によって窓を開けるのは、まずは院内の成長のためであり、その結果、サービスの質として社会に還元される、という流れをシッカリと理解したい。そこにまた、人も組織も、新たなひらめきと成長がある。ますます世界に拓かれていく日本社会、それぞれがどのように質的役割を果たせるか、例外なくその感性が問われ始めている。



誠実な病院づくり

   「はとはあと」評価は、まもなく30施設が初審認定となるところまで来た。はとはあとマークの表示によって、受審施設に何がもたらされるか、当然ながら関心が集まっている。とはいえ、それを一口で語るには案外難しいものがある。ひとつ言えることは、認定マークがつくことで、その施設の「誠実さ」を伝えやすくなることである。

   大辞林によれば、誠実とは「偽りがなく真面目なこと」「真心が感じられるさま」「誠実な人柄」「誠実な対応」などと使うとある。どう考えても提供者に有利としか思えないサービスが横行する時代であるからこそ、誠実な対応が求められるのではないか。医療施設に必要なイメージは、信頼と安心と言われてきたが、それらはいきなり出会えるものではない。まずは「誠実」なその肌感覚に触れることによって次第に統合されてくるように思う。そのための大きな要素が環境と情報である。求めないと出ない情報よりも、今ほしいと願っている情報がタイミングよく提供される環境に、人は誠実さを感じ、そのサービスに心からの信頼を寄せる。このためには、今どんな情報が求められているかを常に嗅ぎつける能力が必要になる。

   ひところ「空気を読む」という言い方が流行ったが、日頃から社会の動向に関心をもつことがよい広報を展開する基本であるだろう。広報誌の企画においても同様である。そのことに気づくことがないと、情報洪水の中に向けてただ情報を伝えるという空しい行いになる。適切で誠実な情報として受け取ってもらうには、相手の視線をシッカリと感じることであり、そこにある「見る・見られる」という評価関係に気づくことである。「はとはあと」評価とは、この外部社会の視線に気づく第一歩である。



組織能力ということ

   クルマを運転できるだけではクルマに乗れない。実際に運転技術が適正であること、社会的には「運転免許証」が必要になる。これらは個人の能力として話はわかりやすい。しかし、人が組織を作って仕事をするには、ただ個人能力の集合ではなく、目的と責任をもった組織としての能力を考えねばならない。企業や病院の多くは、一定の組織を通じて仕事をするのが普通であるから、そこで成果を上げるには、個人能力よりも、この組織が機能しなければならない。すべて当然のことである。問題は組織といえども、その単位は人間であるという点にある。人間性を無視するほどではなくても、人間性に反する部分があると、何かと不都合が起こる。

   そこでコミュニケーションを円滑にするために、相互理解を進めたり環境改善を試したりする。それが組織能力を高めることになる。つまり、役割分担によってシフトして、一人ではとてもできない複雑で大きなテーマに取り組むことが可能になる。考えてみれば、それが人間の凄いところである。その凄さに機械やソフトウエアを組み合わせ、大規模な仕組みとして組み上げ目的を達成させる。大げさにいえば夢の世界を実現してしまう。しかし、人間の夢は、現実に繋がっている。夢はともかく現実はシビアに迫ってくる。人間性の限界を超えるとき、想定外のことも起こる。組織能力者は常に畏敬の念を忘れることはできない。



辻本好子さん、さようなら

   8月14日午後、大阪・中之島の国際会議場で開かれたNPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長・辻本好子さんのお別れ会に出席した。病気の経過にはいろいろとあったようだが、どう考えても残念でならない。

   辻本好子さんには、様々な機会にささえてもらった。まず、故中川米造先生を紹介してもらうために、鴨川の床にお誘いしたことがあった。「石田君、これからの医療はサービスじゃない。コミュニケーションだよ」。先生はとても強い口調だったことを覚えている。それが今日、私たちが主催する病院広報塾(HIS広報プランナー養成講座)に繋がってきたが、今はそうした関係を知る人も少なくなった。

   その後、病院広報誌のコンクール(BHI賞)の審査員長にも2年続けて就任してもらい、市民審査員の動員をしてもらったり、いろいろと審査に関わっていただいた。今では、全国の病院広報誌は飛躍的に進歩し、広報担当者のやりがいにも大きく貢献している。こうしたおかげで今年も11回BHI賞の開催ができている。

   また、株式会社ビジョンヘルスケアズの20周年記念式典(2002年4月)の集まりには、医療タイムスの林兼道会長とともに、代表呼びかけ人を引き受けていただいた。その頃、彼女は厚労省の委員を務めていて、当日はパーティには間に合わなかったが、桜満開の祇園のお茶屋<花み津>へ駆けつけ、親しく打ち上げをしたことが昨日のようである。

   COMLの結成時には、団体名の英文字ロゴを寄付させてもらったりもした。我々とは、消費者という考えにおいて決定的に違うところあった。しかし、患者に学ぶことで医療を変えて行かねば…。「登山口が別々でも頂上は一緒ですね」。辻本さん個人は、我々HIS研ともっと連携したいと考えていたと確信している。

   また、昨年は京都のFMラジオ番組「ダレモガ大学」に出演してもらった。私との30分のトークは、他の17名の医療界の異色たちとともに1枚のCDに収録された。小さなラジオスタジオを出た後、久しぶりだからと軽い食事にでた。挨拶がわりの平凡な会話が続いたあと雑踏の河原町で別れたが、それがたった11カ月前、彼女との最後の日となった。当然病気のことを知ってはいたが、病状はそこまで進んでいたとは…。

   会場では、懐かしい面々にも会えたことが余計に悔しい。会議場をでたら猛暑に蝉しぐれ。耳鳴りを伴って天から真っ白な光が地面を焼き付けていた。



医療市民の時代

   東北の震災が日本人だけでなく世界の人々に伝えたことは無尽にある。その一つは「足るを知る」という日本古来の質素な精神である。あれもこれもが積もれば碌なことはない。快適な医療はあるにこしたことはないと思っていたが、なくてもいいという境地も想定内になった。たとえば病院が競ってやってきた利用者への接遇スキルという表層サービスもどうだろうか。専門集団として病院は、市民に対して何をすべきかが鋭く見つめられる。もちろんそれは、医療である。しかし、ただ医療というなら社会に数多の医療機関がある。ここでなければできない専門性が納得を引き出す。それがこれから市民の目にとまる。市民とは民と民、震災で主体性をもって動いたように連帯として力を発揮する。ドラッカー先生が言ったように、「市民はあらゆる社会の前提である」ことを忘れてはならない。接遇など利用者への快適性は当然至極の素養となり、専門性という本質に対する市民社会の満足はどうかという時代になって行く。足りても足らなくても、知的精神的満足をどう提供するか相手あってのこと。なにより情報の共有と共感、そして相互理解が優先する。その新しいパートナーを“医療市民”と呼ぶのはどうだろう。